東洋で初めて足病総合センターを開院

歩くことが大切とわかっていても難しい。足を大切にする方法もわからない。そして転倒骨折、フレイル、要介護-この悪循環を防ぎたい。そのために歩くための「ストーリー」「共感力」を訴えていく。

皮膚科、形成外科、血管外科、整形外科、糖尿病の専門医を集めた足病総合センターでシニアにとっての足の大切さを学びます。

久道勝也(ひさみちかつや)さん 下北沢病院理事長・医師

1964年生まれ。獨協医科大学卒、順天堂大学皮膚科入局、2007年米国ジョンズ・ホプキンス大学客員助教授、09年よりヤンセンファーマ研究開発本部免疫部門長、アラガン社執行役員などを経て14年ロート製薬研究開発本部執行役員。16年に医療法人青泉会下北沢病院を設立し、理事長を兼務。19年よりロート製薬チーフメディカルオフィサー(最高医学責任者)に就任。日本皮膚科学会認定専門医、アメリカ皮膚科学会上級会員、国立研究開発法人日本医療研究開発機構・再生医療評価委員など。著書に『死ぬまで歩きたい!-人生100年時代と足病医学』(大和書房)、『歩く力を落とさない 新しい『足』のトリセツ』(日経BP)ほか


歩くことは「ストーリー」を作ることに

シニア世代へ「ストーリー」と「共感」を提案されていますが・・?

健康のために歩こうと言われても、それだけで人は歩きません。歩きたい、という個々のモチベーションが必要です。
ですからシニア世代になったら、「ストーリー」と「共感」。「ストーリー」とは高齢期の人生ステージで、仕事や趣味や社会奉仕など、自分の生き方のストーリーを心に描いていくこと。働き、役割を持ち、緊張と緩和のある生活をして、健康を保つ。自分の足で歩き続ける。

私は足の医者として、歩くことで「ストーリーづくり」の応援をしたいと思っています。もうひとつ大切なのが「共感力」です。

父母の看取りを経験しましたが、母の場合は、外で歩こうと誘うタイミングが遅すぎて、足が弱り、体力を落として認知症を発症してしまいました。そのときの私には、母の気持ち、母のストーリーを察して、母自身が歩こうと思うような「共感力」で寄り添えなかったのです。この後悔を胸に沈めて生きてきました。
さて、歩くことの大切さをお話しましょう。

足の問題と健康とはどんな関係があるのですか

秒速1.6メートルで1時間に5.76キロ歩けるという方、そういう方の平均寿命は約95歳以上。いっぽう秒速0.2メートル、1時間に720メートルというゆっくり歩きの方の平均寿命は約74歳。現代としては短命ですね。

これは65歳以上の男女3万4,485人を21年間の長いあいだ追跡した、歩くことと寿命の関係を示した調査から導き出されたものです。*JAMA.305(1):50-8,2011

歩行の幅や速度は、寿命と、そして介護を受けずに健康でいられる健康寿命とも深く関係しているのです。

加齢と運動不足などで筋肉量が減り、足が弱ってくると「サルコペニア」という老化が始まります。サルコペニアになると、立ったり姿勢を保ったりする重力に逆らう筋肉が弱るので日常生活が不便になり、仕事や趣味の活動も制限されてきます。
さらに歩かない、動かない生活が続くと「フレイル」という心身の弱りの状態に移行します。全身の病気や認知症も発症しやすく、要介護状態に移っていきやすい。

どなたもサルコペニアにもフレイルにもなりたくはないはずです。いまからご自分に合った歩き方を知り、歩いていきましょう。1万歩とか7,500歩と言われますが、とらわれることはありません。楽しめる範囲で無理なく歩く。私は「足の8020」と提唱しています。80代で20分キビキビと歩く習慣をつける。これだけでかなり、サルコペニア、フレイルが防げます。

もうひとつ理解しておいていただきたいのは、人生の最後の3段階の衰えです。

最初の1段目は歩行の障害です。歩けなくなると当然、好きなときに自由にトイレに行けなくなるので排泄の状態も悪くなる。排泄の困難、それが2番目の階段。そして食べられなくなる。これが最後の階段です。
いったん、この3つの階段を降りてしまうと戻るのは困難になります。まずは最初の歩けないという階段を降りないことです。

ボダイアトリー(足病学)を広める

ポダイアトリー(足病学)とはどんな医療なのですか?

ポダイアトリーでは足をひとつの臓器と捉えます。足を皮膚に包まれ、脂肪、腱、筋肉、血管、神経、骨が複雑に作用しあっている臓器とみます。

ちょっとした痛みでも痺れでも、足の医者はどうして痛むのか探ります。歩き方が悪いのか、骨や血管の異常なのか、はたまた糖尿病などの病気からきているのか。なにが原因なのか、患者さんの生活や「ストーリー」を聴きながら、感覚を確かめながら、診察します。

検査をして原因をあぶりだし、治療し、その方独特の歩き方のくせがあれば、それを矯正する医療用インソールや靴の相談にのります。

まずは足の痛みをとり、歩きやすくするようにしてさしあげたい。眉をしかめて病院に入ってきた方が、帰るときには「あ、痛くない」と明るい表情をされる。これがやりがいですね。

足病総合センターで働く久道先生

足を幅広い領域からみていくのですね。新鮮です

そうです。歩き方、マッサージの仕方から靴、弾性ストッキング(靴下)、靴のインソールまで、いろいろとご提案します。補正や矯正の製品開発も行い、個々の患者さんに合うように努めています。

外反母趾などの手術では術式を選ぶのが大切です。術後は、リハビリし歩けるようになるまで患者さんを見守ります。足の血流が悪くなり起こる静脈瘤も改善しますし、糖尿病から足の切断という重大事になる前に、足の状態を改善したり保持したりします。そのために下北沢病院には皮膚科、形成外科、血管外科、整形外科、糖尿病内科があり、すべての医師たちが連携し足を診ます。

専門外来には股関節外来、膝外来があります。巻き爪、変形爪などの専門家もきてくれます。足の総合ドック、「足の見える化検診」もあります。ご自分の足の問題を「見える化」してしっかり把握していただくための工夫です。

足の状態改善が衰えの予防につながる

足の状態から、ほかの病気がわかることもあるのですか?

はい、実際にタコの状態から推察して、検査し糖尿病を発見して治療につなげたことがありました。血管の病気も見つかります。自分では足を上からしか見られないですから、変形していてもご自分ではわからないものです。あんがいに本人が意識していないのが扁平足です。

介護施設に足病医が介入すると、それまでの3割近く転倒防止が実現できたという報告もあります。また、初期の段階で糖尿病を見つけ治療を開始すると、医療費が2,500億円削減できるとも試算されています。

転倒、骨折、入院で生活の質が下がるのは明らかですし、医療費も莫大になります。骨折は要介護になる原因の4位ですから是非とも防ぎたいものですね。

下北沢病院 外観

サルコペニア、フレイルの予兆を見逃さないことも大切なのですね

そのとおりです。

  1.  体重減少‥年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
  2.  疲労感‥活力が低下していると感じる
  3.  歩行速度の低下‥1秒/1メートル未満
  4.  握力の低下‥男性は26キロ、女性は17キロ未満
  5.  運動や活動の低下‥軽い運動や定期的なスポーツなどをしていない

などが指標で、この時期に適切な対処をすれば、もとの状態にもどり、歩いたり運動をしたり社交的な生活をして心身の衰えを防ぐことができます。

ポダイアトリーを開設したのは?

みなさん、足がちょっと痛い、足が冷えて不快。足がつる。魚の目やタコが辛い。足の爪が切れない。そういうとき、さてどこに相談しようか、と迷うのではないでしょうか。まあ、たいしたことはないから我慢して暮らす。そのうちにだんだん歩くのがいやになって、筋肉が衰えてしまう。足の異常を感じたら、なるべく早く医者に相談してほしいのです。

諸外国アメリカをはじめとして G7の国の人々は、ちょっとした異常でも、6から8割の方がポダイアトリー、足の総合医を利用します。足の専門医がいるからです。しかし、日本では大多数の方々が足の医者を必要とは感じていない。

ですから私は、“歯が痛いのに耳鼻咽喉科に行く人はいないでしょう? それは歯科医がいるからですよ”と、足の医者の必要性を説いているのです(笑)。

アメリカには足の総合医が約1万5,000人もいて身近な存在です。足首から下の手術もポダイアトリストがします。東洋では香港とシンガポールにイギリスの足病医がいますが、東洋ではまだ一般的ではないですね。

これだけの病院にするという情熱はどこから?

アメリカに留学をしている7年間で、ポダイアトリーがどんなに役立っているか実感して、なんとしても日本の医療に「歩くための医療」を根付かせなくてはと思いました。父母のみとりでの後悔、反省が、心の底にありましたし。

そこで、日本にも足を総合的に診る病院を創ろうと決意しました。日本で診療科を横断して足を総合的に診る領域にいる医師たちのなかに、足の総合的な診断、治療の必要性を感じていて、止むに止まれぬ想いを持っている若い医師たちがいました。そんな同じ志の医師たちを集めてリウマチ病院だった下北沢病院を足の総合病院として生まれ変わらせたのです。

これからの目標は?

3つあります。まずは診断、治療の充実。つぎに足の医療者を教育する。そして社会にポダイアトリーが必要だと訴えていくことですね。

医師同士の連携、研鑽の一例ですが、手術も、骨を整形する手術からカテーテル手術まで、バリエーション豊かですから、ここの内科医たちはできるかぎり手術に立ち会うようにしています。頭のなかで描いていた手術と実際の手術とは違うものなので、その違いを肌で感じ取って研鑽します。

またアメリカで足病医療に精通した教授3名のアドバイザーと連携し、最新の医療情報を共有しつつ「北米型足病教育プログラム」を作成しています。

なんといってもここの大きな使命は、みなさんに足の異常の早期受診をすすめるということです。
「受診して3ヶ月たって気がついたら足がツラなくなっていた」
「おかげさまでもうタコができなくなったんです」


そんな患者さんの笑顔を増やしていき、健康寿命を5年、10年と伸ばしていければうれしいですね。


足と糖尿病の専門病院 下北沢病院【公式】 (shimokitazawa-hp.or.jp)
死ぬまで歩きたい! / 久道 勝也【著】 – 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア (kinokuniya.co.jp)

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